「ネメシス、大丈夫? お茶とか用意する?」
「……あ、タナトス……ぐずっ……うん、ありがとう……。あと、薬も……ちょうだい……ぐず」
鼻水が止まらないらしく、鼻声で返事をかえしてくる。こういうネメシスを見るのもある意味では珍しくもないかな。何て悠長に考えてる暇も時間もないか。
ネメシスの要求どおりに自分の部屋へ行き、アレルギーに効きそうな薬草を厳選して調合を開始する。万が一魔力が切れ回復魔法が使えないときこそ、これらの薬草が物を言う。それに普段から薬草などを常用してれば自然と結果的に魔力が節約され、その分温存できるし攻撃魔法にまわせるのだ。
そういうものだから、常に出かけるついでに道端に生えているものや、街の薬屋などで買い貯めをしてくるのだが、毎回彼に「生真面目すぎ〜♪」とからかわれている。まぁでも今はその生真面目さに助けられているんだけど。
「ネメシス、持ってきたぞ。ほら、これでも飲んで休んで」
「う〜……うん……ぐずっ……そうするね。へっ、へっ、へっくしゅん!」
なかなか盛大なくしゃみをしたようで、見事に僕の服に、というかローブに鼻水が付着した。それだけならまだ良かったのだが、あろうことかネメシスは……
「……う〜、ずび……ちょっと……ふかせてもらうね……」
僕のローブの裾で鼻を拭いやがった。この野郎、いっそのこと張り倒すか?と一瞬邪念が生まれる。邪念というより怒りとか憎悪に近い感情だった。後でこれ洗いに行かなくては、取れないよね。これ……。くっそー、余計な洗い物増やしやがって、今に見てろ。ネメシス!!
何とか怒りを堪えたあと、ふと僕はあることに気がつく。そう言えば、ネメシスと付き合い始めてまだ4年しか経っていないなと。いや、もう4年も過ぎたと解釈した方がいいのか。
当初はその銀髪と赤目、そして浮世離れし、尚且つ女性と見間違えそうな端整な顔立ちに気持ち悪いと思ったものだ。銀髪と赤目なんて死神みたいだと嫌悪感を持ち、睨み付けるような視線を彼に送っていたと今なら自覚できる。最もネメシスにしてみれば、そう思ってはいないかもしれないが。
あと当時はお互い相手を敵視していたようで、彼も辛辣なことを口に乗せて僕に容赦なく浴びせてきてもいた。僕も僕でネメシスのことを嫌い、彼を仲間・幹部どころか、パートナーだと到底認めようとはしなかった。顔をあわせては「その気持ち悪い眼刳り貫いてやろうか?」とか「死神、お前に居場所なんてないんだよ。とっととどっかへ出てけ!」とか、かなり酷いこと言ってた記憶あるな。
だが、あることがキッカケで僕たちはお互いのわだかまりが解け、僕たちは手を取り合うことになった。そうしてから、彼のことを深く知ることに成功できるようになっていく。
そして、その時期を境にネメシスが妙に幼くなったのだ。いや、元々幼かったのかもしれないけれど、それにしても僕に辛辣な言葉を浴びせていたときとは、天と地の差がある。それには流石の僕もかなり戸惑う羽目になった。
あと、いつも僕に甘えてくるようになったし、それにあろうことか邪険にしていた僕に笑顔をふりまくこともしてきた。本来なら先に生まれていた彼が兄に当たるのだが、これでは全く逆で何だか不肖の弟を持った気分だ。
だが、いつもあんなんだが時折鋭い眼光で人の深層心理を見抜くこともあった。現に僕の言った言葉から自分でも気づかない想いとかも読んで暴き出したし、批判もしてきたからだ。一番心理戦をやりたなくない相手は彼だと僕は思う。さしずめ「味方に居れば百人力だけど、敵に回すと怖い」というところか。今更ながらもネメシスがこっち側にいて良かったと思う。
「……ふきふき……ぐず……タナトス、ありがとうね。……大分良くなったみたい……ずび……」
ああそう、それは良かった。でもねネメシス。自分の鼻を拭くのに他人のローブを使うな。そして押し付けないで。洗物が増えて洗う手間がかかるんだ。僕が大変な苦労をするのをお前は知ってる?いや、分からないんだろう。もし分かってたら、こんなことしないし。
そう思うと無性に腹が立ってきた。そして幸い薬を飲んで大分治まっているようだけど、僕のローブは鼻水まみれになっていた。何だろう、この心まで汚されたような気分は。僕の気のせいだろうか。
うん、徐々に一発殴りたい衝動が湧き上がってきた。いや、いっそのこと一度ネメシスをボコボコにしたい。
その湧き上がる感情に僕は素直に従い、怒声を上げた。
「いい加減にしろぉぉぉぉーー!!」
「ええー!? 何で怒ってるのー!?」
「自分の胸に手を当てて訊いてみろぉぉぉ!!」
「うわ〜ん、タナトスがぶってくるよ〜!」
「いっそのことボッコボッコにしたいわーー! 僕のローブ洗え!!」
おのれ、今に見てろ。前から一度やってみたかったタコ殴りの刑を今日ここで完遂させてもらうからな。
こうして僕は限りある大切な一日を今日もネメシスと過ごした。そして明日も、その次の日もネメシスと過ごすだろう。例え明日が生を終える日であっても、僕は彼と暮らせる残り少ない時間を大切にしたいと思っている。そう、この先が幸せな時間になることを願いながら僕は必死に生きていく。
――どうかこの時間が一日でも長く続くように――。
〜了〜
※とりあえず、服で鼻を拭うのはいけないと思います。ネメシス。
ただ単にタナトスとネメシスが書きたかっただけです。特に他意などございません。