そんなに俺の部屋を片付けるのが嬉しいのか、甚だ疑問である。普通は面倒に思うヤツが大判だと思うが、変わってる。
ある程度整理整頓はする性質だが、夜中まで居残ることもざらにあることから、そのまま寝る日も一日や二日ではない。チリも積もれば何とやらで気がつけば部屋に服などが床一面に散乱している有様、片付ける気も起きなくなってるほどだった。
しかし、そんな俺を見かねてかサークルの後輩に当たるこの女性は、俺の家に押しかけてきて無理矢理掃除と炊事をやり始めてた。それが始まりで以来、時折暇を見つけては俺の家に押しかけてきて掃除などをしている。
世の中にも物好きなヤツはいるもんだ、と頭の片隅で俺は思った。たしか家は令嬢と称されるほど豪邸だったはず。父親が国会議員で母親が有名な医師の娘だったとある日、彼女自身から聞いたことがある。
金が有り余り食べることや寝ることに不自由しない人間ほど余計なことに考えを回す余裕が生まれてくるということなのか。
「今失礼なこと考えてなかった?」
彼女の言葉にまさか、と切り返し再びブラウン管から映し出される映像に目をやる。新聞のテレビ欄をざっと見たところでは、あまり興味がそそられる番組はやらないようだ。
それならばと俺は暇つぶしついでに彼女に訊いてみることにした。
「エリー、仮に前世の記憶があるのなら、お前はどう思う」
「え・・・」
一瞬あっけにとられた彼女が俺の視界に入ってくる。これは訊き方がまずかったと思い至った。
武士や騎士の文化が栄えていた『鎌倉時代』や『中世ヨーロッパ』ならともかく、今科学が発達し幽霊や悪霊の信憑性が徹底的にまで薄れている現世でこの話題を真剣に討論することは、バカだと自白するのと同意義だ。
だがそれでも訊いて見たかった。前世や来世という話題を通して彼女なりの考えを聞いてみたくなったからだ。
「だから、仮に前世や来世というものが現実に存在するとしたらお前はどう思う」
「へぇ、あなたもたまにはそういう話を持ちかけてくるのね」
「悪いか?イメージに合わなくて…」
「いえ、でも機嫌悪くしないで…。ただちょっと意外だっただけよ」
「そうか…」
テレビは相も変わらず何も生み出さない無意味な映像をひたすら垂れ流し続けている。こんなCMを流したところで売り上げが変わるわけでもないだろうに、何故こうもかたくなに流すのか分からない。俺はリモコンを操作してテレビの電源を落とし、彼女の方に顔を向けた。
「そうね。前世があるとしたらそれは素晴らしいことじゃない」
「ん?そうなのか」
「ええ、だってそれだけ夢が広がるってことよ。もしかしたら、前世では私とあなたは敵同士だったかもしれないし、逆に前世も恋人同士だったかもしれないじゃない。そうなら生死という非情な真理を乗り越えてまでも斬れずに繋がっている強い絆、それが私たちにあるということにも繋がるわ。それって夢がある話だと思わないかしら?」
「………」
強い絆、か…。言っていることは素晴らしく真理をついている部分がある。しかし、今の現代を見るにどうだろう?絆などないに等しい人間が大勢いるではないのか。
金持ちにたかることしか頭に無く仕方なしに友達面している人間、自分たちもお零れに授かろうと権力の強い輩に媚を売るヤツまでいる始末だ。
そして表では悩みを聞き、さも自分もそうだったというように共感しておきながら、裏では悩みを聞きに来たヤツの中傷や罵倒を流す人間までいるほどだ。
そうした人間を俺は腐るほど今まで見てきた。そうした光景を見るたびに思ってきたことである。強い絆とは如何なることを言うのか、と…。
それに……
「前世や来世があったからと言って必ずしも良いことばかりではないと俺は思うぞ」
「え、どういうこと?」
「例えば、だ。前世の記憶に振り回され、今の生活を台無しにする人間も出てくるだろうし、前世にこだわりすぎる余り前世では仲間だった他人と強引に関係を持とうとする輩まで出るだろう。
そして、前世の記憶が悲惨だった場合、知ってしまったら気が狂うかもしれない。傷つくかもしれない。そんな人間も中にいる」
「それは否定しないわね」
「もう前世と現世、それに来世は別の世界だ。そのことを皆が皆分かるわけではない。前世の記憶が今の人生を壊すなら、初めから前世の記憶などなく思い出さない方が幸せではないのか」
「つまりエレボスは“過去にこだわるよりも今を精一杯考えて生きろ”と言いたいわけね」
「そういうことだ」
すると彼女はくすっと小さく笑っていた。何かおかしいことでも言っただろうか。多少後ろ向きな思考で夢のない言い方ではあったが、そんなにピントの外れたことを言ったわけではないと自負しているつもりだ。どうも彼女には調子を狂わされる。
「エレボスってわりとそういうところ現実主義なのよね」
「悪かったな。夢がない男で…」
「そうよ。それじゃ女にモテないわよ。ムードのかけらもないんだから」
「生憎そういうのは苦手な性分なものでね」
「もう…」
彼女は手にしていた“おたま”で俺の頭を軽く叩くと再び炊事に戻っていった。少し夢のなさすぎることを言っただろうか。彼女はムードというものをえらく気にする女性だ。そのことから度々ムードを壊す俺の発言に彼女は怒って叱責することがある。これでも気をつけているのだが、彼女に言わせれば“まだまだ失格よ”ということらしい。少しばかり不本意ではある。
徐々に夕食が出来上がっていく匂いがたちこめてくる。良い匂いだ。今日の夕飯は何になるだろうととりとめのないことを俺は考える。夜も遅い。夕飯が終わったら彼女を見送りに出かけなくてはな。
とりあえず、さっきCMに流れてた『想いをつなぐPRG』とやらのゲームは来月バイトの給料が入ったときに買おうか。
俺はそんなことをふと思った。